みんなのさいごメシ vol.4


みんなのさいごメシ④


 

なるとは小さい頃からの憧れでした。大きな丼にたった一つのなると。大人になったら思う存分なるとを食べたい!ずっと思ってました。なると一本を切って一気に食べる!これが私の贅沢なのです!(オオキカズミ)




私はグラタンです。夫と娘がいつも待ってるグラタン。食べた瞬間馬鹿みたいに幸せな顔をする から、その顔を見て死にたい。ニンニクと黒胡椒たっぷりのクリームマカロニグラタンです (ルーシー)


僕なら運動会の日のお弁当です。これは昔何かの雑誌で女性のシンガーソングライターの方が 同じような質問にそう答えてて、この答えが僕もしっくり来てます。運動会の日のお弁当。普段お母さんが作るものより気持ちがもっとこもった感じがして素朴ながら豪勢ですごく丁度いいのではないかと(亮太郎)


オカンが生前アル中になる前に良く作ってくれた薄皮の野菜モリモリ餃子ですね。肉は繋ぎほどにしか使っていなくて、生姜、きくらげ、ニラ、タケノコ、白菜の順に多く、ウェイパーと塩コショウで味を調節します。意外と調味料が少なくても大丈夫です。薄皮の中が透けて具の煮汁が沸騰して泡立ってるのが見えたら蓋を開けて、底の焦げ目が硬くなるまで焼きます。1列6個丸々自分のポン酢とラー油で満たした皿に焦げ目の方を浸して、炊きたてのご飯と一緒にいただきます。 キンキンに冷やしたハイボールか芋焼酎があれば最高です。何故そんなに好きだったかって一番の理由は、餃子の皮は手が空いてる人や兄弟皆で包むんです。いろんな話したり横でナイター中継見てるオヤジを観察しながら。学校の運動部が終わって帰って来てから家族みんなで作って腹いっぱい食べた餃子美味かったな~。どんなおいしいものも未だにあの時の感じを塗り替えられてないです(D/M)


百年の孤独 焼酎ボンボンを初めて食べたときは、ドラえもんに出てくる「百年後のおかし」 かと思うくらい、美味かったです。今年になって数年ぶりに食べることが出来ました。名前にどちらも百年が入っていることに、今気がつきました

d.hatena.ne.jp/su1/20091105/p4 (むらい かずゆき)


小6の娘は、味噌とたまごのおかゆだそうです(私はマグロのお刺身です。トロではなくて、 赤身がいいです)。娘の味噌とたまごのおかゆは、食が細い娘の好物だからです。たまご料理が好き! だそうです。私は料理下手なので、娘にとってマトモに美味しい! と食べれる手料理?? が これくらいなのかもしれません。そんな私は醤油とワサビだけの刺身が好きなので、最期はそれが食べたいです(コサカ)


酵素玄米たんまり赤身よりのステーキを500グラム!! 普段ダイエットとか言って気にして食べなかったり、酵素玄米は食べてみたらめっちゃ美味しいので、これまた吐くくらいめいいっぱい食べて満腹の自分を堪能したいです(aya)


私は茶碗蒸しが大好きなので、最後めしもやっぱり茶碗蒸しがいいかな。小学校の頃、北海道の 祖母のところに遊びに行ったとき「春美ちゃんは茶碗蒸しが好きだったわよね」と夕飯の際、私一人だけに茶碗蒸しを出してくれたことがあります。喜んで一口食べたところ、お砂糖が入った甘 い茶碗蒸しでびっくり。「私が好きなのは普通のお出汁だけの味付けの茶碗蒸しだよ、おばあちゃ~ん!」とは言えず、美味しいふりして無理やり完食した覚えがあります。最後に食べたいの は母が作るようなお出汁だけの味付けの茶碗蒸しだな~と思いつつも、これ書きながら亡き祖母 のことを思い出したら、さいごメシはあえて甘い茶碗蒸しでもいいかも~って思えてきました。 とりあえずさいごメシは母が作ったものじゃ無い方がいいかなって思います。順番的に母より先に死ぬわけにはいかないから。だから娘か息子か夫に作ってもらった茶碗蒸しで!(ハルミiPhone)


私の最期メシはねこまんまです。私の家ではご飯にお味噌汁をかけて食べるのをねこまんまと 言うのですが...これは全国的にも言うのでしょうか?子どもの頃、好き嫌いが激しく少食だったため、ねこまんまをよく食べていました。大人になり好き嫌いも少なくなり、食べ物も豊富なのでそんなに食べないですが、食欲も無く、でもなんか食べた方がいい時に食べます。私の中で食欲が無い時でも美味しく食べられるメニュー?だからです。具は大根とネギと豆腐がベストです(亀井 祐子)


子供の頃おかあちゃんが作ってくれた味噌のおにぎり(味噌を表面に付けた円形のあったかおむすび)とソーセージの卵焼き(味無し卵に円く切ったソーセージを乗っけて焼いたやつ。もちろ ん魚肉です)。母親は自分が高校生の時他界してしまったのですが、子供の頃は自分の家が全てですから、何の疑問も持たずに母の料理を食べていました。母が他界してある日嫁に行った姉が「お母ちゃんて料理できなかったし、(まともなの)作んなかったよね」って言いました。自分はそうなんだとショックを受けました。確かに朝昼晩同じようなものが出てきたし、修学旅行や友達んちで食べる朝食が家のと違うと思ってました。おでんのダシを昆布で取るのも大人になってから知りました。三角おむすびを握れない、ソーセージを斜めに切らないところからもつじつまが合いました。でも夫である父親は何も不満を言わなかったし今となってはどう思っていたかもわかりません。でもその後おかあちゃんと同じものを作る人には姉たちを含めいないので、あの頃の自分が美味しいと思っていたこれらの料理をさいごメシに食べてみたいです(stellar-ball)


メニューは考え中ですが、「娘が私のために作ってくれた料理」を死ぬ前に食べたいです。自分は日頃家族の食事の準備をしますが、家族は私のためには食事の準備をすることがありません。自分がまだ自立していない頃は、親や祖母が準備してくれていましたが、大人になってから は、ほぼ自分で準備しますし、現在も実家に帰省したら私も食事の準備を手伝うので...私という一個人のためだけに、誰かが食事の用意をする...というシチュエーションが無いので、誰かが私のために食事の用意してくれたら嬉しいですし、それが自分の娘だったら、それが、一番最高のごちそうです。休日など、娘と外食に出かけますが「食事の用意をする仕事を休みたい」という理由の他に「誰かが作ってくれた食事を味わいたい」という気持ちの表れでもあるのかもしれません ね(伊藤涼子)